― 鮨 おちあい/大将・落合晋也さんが語る「鮨 職人」という仕事
GOEN Stories「末広がりのレシピ」 2026.9.11
銀座7丁目、鉄の扉を開け、暖簾をくぐると8席のカウンター席が迎える鮨屋がある。
老舗の暖簾と新しい挑戦が自然に交差するこの街には、「文化を受け継ぐ人」が数多くいる。中央区・日本橋エリアのキーパーソンにお会いする本企画「GOEN Stories「末広がりのレシピ」。今回お邪魔したのは、銀座で20年以上江戸前鮨を握り続ける「鮨 おちあい」の落合晋也さん。
一度訪れたらまた必ず来たくなる、落合流の鮨のおもてなしを伺いました。
柔らかな店内の照明とこだわりが詰まった設えに、ほっと緊張が解ける空間が広がる
老舗の技を基本に、創意工夫を凝らす
2007年に開店し、瞬く間に銀座で人気店となった〈鮨 おちあい〉。営むのは、銀座久兵衛で修行を積み「築地竹若」で板長を経た大将の落合晋也さん。長年の経験の末たどりついたのは「旨い」が感じられる江戸前鮨。ネタは毎朝スペイン出身の愛弟子を連れ、お客さんの顔を思いながら仕入れる。シャリ、醤油、わさびのどれも店で出すものは日々の加減と塩梅で準備をする。
「鮨をお客さんの目の前に置く、その瞬間までひと手間、ひと手間をかけるんですよ。“旨い”が積み重なっているから旨いんです。でもね、20年経った今も緊張するねぇ、」と落合さんは言う。
きれいな「スッと」した指に憧れるね、と落合さんは言うが、実に格好の良い手だ。
落合晋也さん(以下、落合):「『旨い鮨』っていうのは、技術もあるけど、それだけじゃないんだよ。自分にとって、『鮨』は人生ですよ」
数秒の沈黙の後、「鮨とはどんな存在なのか」と尋ねると、落合さんはゆっくりと言葉を紡いだ。
銀座といえば、木村屋のあんぱんをはじめ、空也、資生堂パーラーなど、100年を超える歴史を持つ老舗が軒を連ねる街だ。その街で、鮨と向き合い続けてきた落合さんにとって、「鮨」は単なる仕事でも、料理でもない。人生そのものなのだ。
落合:老舗の技は、それはそれでたいせつだと思っています。自分も銀座の老舗で見習いを7年して、ずっと仕込みを続ける毎日だった。修行は厳しいよ、と言われたけど、本当に鮨を握らせてもらえなかったね。その後に『美登利寿司』で4年鮨を握らせてもらった時、純粋に鮨を握る喜びを知ったんですよ。
本当にたのしかった。それから、お客さんのことをいつも一番に考えるようになったんですよ。その経験をさせてもらって、180°自分の鮨は変わったんです。銀座は移り変わりも激しい。お客さんも舌が肥えてる。
たとえば、晩夏に秋刀魚が市場で初物だと出回り始めても、この暑さじゃ秋刀魚じゃない。涼しくなってきたときに白飯と焼いた秋刀魚が旨いって俺なら思うねえ。だったら、秋刀魚じゃない魚を見立てるんですよ。「今のお客さんは、なにが旨いっておもうのか?」ってね。
こだわりのカウンター席は、ゆったりとしたスペースがあり自宅のような心地よさを感じる
カウンター越しに広がる「旨い」の輪
カウンターには、190cmを超える長身のスペイン出身の弟子・佐野アドレアン勇気さんが、大将の傍らに立つ。佐野さんを迎え入れたのは2025年。二人の出会いも、実にユニークだ。
佐野アドリアン勇気さん(以下、佐野):日本にきた当初、別の夢があったんです。それが叶わなかった時に鮨に出会いました。なかでも銀座の鮨に魅了されて、何十件と食べ歩いていたとき、大将の鮨に出会いました。
落合:夢破れたんならうちでしっかり鮨をやってみなよ、だけど本当にやれんのかい?って聞いたら、翌日に包丁を全部揃えてきてね、「お願いします!」っていうの。いまじゃさ、「大将、口ひげ生やしていいですか」っていうから、別にいいよって話してね。(と、愛弟子をみる)
佐野:はい、彼女が髭が好きなんですよ(微笑)
落合: うちには世界中からお客さんがみえますよ。「おまかせ」という言葉を知っている人も多くて、ことばじゃなくて、味で繋がり合っていく感じがわかる。
弟子の佐野さんも、頷きながら「鮨 おちあい」の店の中に心地よい空気がかんじられると話す。
落合:「うちの弟子には、日本らしい技やこだわりよりも、彼が自分の国に帰ったときに、自分の国のお客さんを見て、旨い鮨を握ってほしいと思っています。たとえば卵焼き。焼き方は教えるけど、スペインで旨いと感じる卵焼きは、甘い卵焼きじゃないこともあるでしょう。日本流でなくてもいいんです」
落合さんが大切にしているのは、日本の鮨をそのまま海外に持っていくことではない。味や技を伝えることはもちろん、自国で自分の店を持ちたいという佐野さんの夢を思い、遠回りをさせず、いま伝えるべきことを惜しみなく伝えているのだ。
今後
技を伝えながらも、その先にある答えは弟子自身に委ねる。日本の鮨を守るだけではなく、それぞれの土地で、その土地の人々に愛される鮨へと育てていく。そこには、鮨という文化を世界へ広げていくための、落合さんならではの粋な考え方がある。
落合:僕は、「老舗」っていうのは「旨い」のバトンを渡し続けているんだと思ってます。お客さんが変わり続けてもバトンを繋いでる。お客さんも歳をとるでしょう。そしたら店も一緒に歳をとるんじゃなくて、新しいお客さん、若い方もくる。それが出来るから老舗なんでしょう。」
これからも、ただ目の前のお客さんの「旨い」をつかみ続けていきたいですね。それが世界中、つながっていくといいですね。
落合:自分は鮨っていうものを通じて「ご縁」をつながせていただいてると思いますよ。この場所で店をやれるのはひとりの力じゃない。それもお客さんがつないで下さるから続いている。有難いことです。
落合さんの粋な眼差しの先に、いつもあるのは「お客さんファースト」という哲学だ。その思いは、国境を越え、弟子へと受け継がれていく。師匠と弟子という枠を超え、まるで家族のように育まれた信頼関係。その温かさこそが、カウンターを挟んで鮨を味わうお客さんの心にも、静かに届いているのかもしれない。
今回取材したキーパーソンと場所は…
鮨 おちあい
「銀座久兵衛」で修業後、「美登利寿司」、「築地竹若」の板長を経て、2007年冬に「鮨 おちあい」を銀座七丁目にオープン。江戸前鮨を軸に、ソムリエの資格も持つ店主が、鮨との相性を考えた日本酒やワインにも精通している。
昼食は12:00〜14:00、江戸前鮨を4,950円で提供。夜は17:00〜22:00、店主おすすめの握り13貫を7,700円で楽しめる。季節の握りや酒肴も豊富に揃い、魚卸業者をはじめとする鮨業界関係者から、台湾、シンガポール、韓国、アメリカなど海外からの客まで、幅広い人々に親しまれている。
- ■東京都中央区銀座7-13-1 ステージ銀座 2F
■03-5565-0277
- ■東京都中央区銀座7-13-1 ステージ銀座 2F
編集後記
大将がこだわったカウンターから眺める調理風景、そして絶妙に調整された店内の照明。そのすべてが心地よく、長く通う常連客の気持ちが少しわかるような気がしました。大将の無骨な手のなかで、旬の魚が次々と手際よく握られていく。その一瞬一瞬に、鮨を知る業界人たちも心を奪われるのでしょう。
「カウンターはいいよね。でも本当はでかい店舗も憧れんのよ」そう言って、いたずらっ子のように笑う。そこにこそ、「鮨 おちあい」が長く愛される理由があるのかもしれません。またひとつ、秘密にしたい名店が増えてしまいました。



